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gennei's blog

IT、読書、日記、メモ

知らないということ

人と話をしたときみんなが知っているだろうと思った話題を振っても相手が知らないという経験をしたことは誰もがあるだろう。また自分に知らない話題を振られたこともあるだろう。
こういう時知らないことを知らないと言えるかどうかはとても大事なことだと思っている。

僕が小学生の頃(2000年頃)は同じクラスで話題になるのは昨日見たテレビ番組が面白かった、ポケモン遊戯王カード、ドラクエなどみんながやっているものが話題の中心となっていました。
だからこそこれだけ押さえておけばみんなと共通の話ができるという前提がありました。

今の日本はとても価値観が多様化し、忙しくより広い視野をもって物事を知るということはとても難しくなっている。みんなが共通で見るテレビ番組もなく、みんなが聞いいている音楽もばらばらである。このようなときに知らないことはとても増えているはずである。しかし、少し前の経験を引きずっていれば、自分が見ているものは誰もが見ているはずであると勘違いしがちである。

今では知っていれば得ということも、知らないと損と言い換えられる。また情報をたくさん知っているのが当たり前で、知らないと情弱と言われてしまう。こんな世の中はとても生きづらいなあと感じつつあります。また相手が知らないと言えないため話がうまく通じないや、知ったかぶりしているのがすぐわかりとてもバカに見えてしまう。

だからこそ、今は知らないということを知らないともっと言っていいのではないのでしょうか。そしてそのことが情弱と言われるのでなく、知らないといことが前提となるような社会になったらいいなあと思いたい。

そして自分がこのようなときにどうしたらいいのかと考えたら、たくさんの情報を仕入れなにを知っていてなにを知らないということをはっきりさせる必要があるのかなと。例えば本を読んでもすべてを理解しているわけではなく、どこを理解できて、どこが理解できていないのかを少し考えるだけでもう少し楽になるのかな。

なんとなく考えていたことを文字にしてみました。